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最高裁判所第一小法廷 平成9年(行ツ)106号 判決

大阪府吹田市江坂町四丁目二六番一三号

上告人

山田福江

京都府長岡京市今里細塚四-二〇

上告人

山田和邦

大阪府箕面市箕面四丁目八番五一号

上告人

細谷ひろ子

埼玉県志木市館二丁目四番七号-四〇九

上告人

山田啓二

右四名訴訟代理人弁護士

谷戸直久

大阪府吹田市片山町三丁目一六番二二号

被上告人

吹田税務署長 安田徹

右指定代理人

大竹聖一

右当事者間の大阪高等裁判所平成七年(行コ)第二一号相続税更正処分等取消請求事件について、同裁判所が平成八年一月二六日言い渡した判決に対し、上告人らから全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人谷戸直久の上告理由について

原審の適法に確定した事実関係の下においては、所論の点に関する原審の判断は、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、独自の見解に立って原判決を非難するものにすぎず、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 高橋久子 裁判官 小野幹雄 裁判官 遠藤光男 裁判官 井嶋一友 裁判官 藤井正雄)

(平成八年(行ツ)第一〇六号 上告人 山田福江 他三名)

上告代理人谷戸直久の上告理由

一、原判決には、その全部に、判決に影響を及ぼすこと明らかな法令違反があり、又は判決に理由を付せず或いは理由に齟齬があり、原判決は取り消さなければならない。

以下に、その理由を述べるものであるが、それに先立ち、先ず、上告人が本件上告をなした心意気につき一言申し述べておきたい。

原判決は、被上告人の異議決定、国税不服審判所の裁決、第一審判決を通として通達、判例、実務慣行等を都合よく引用し、或いは繋ぎあわせようとした結果、以下にのべるとおり却って各争点間の矛盾を露呈させ、問題の取り違えや判断洩れを含めて強弁を現出させるところとなった。勿論一納税者の立場からしても、この現状で自己の相続税が確定することに納得できるはずはないが、上告人は、更にさの現状は、相続税課税につき、行政及び司法とも整合性のある統一的見解を示しえず、即ち、原判決の判示するところは従来の相続税法の運用の中で見解が混乱していることを如実に表しているから、この混乱のまま原判決が確定した場合にはこれが相続税法の運用の場合において過去の判例と同様に一人歩きし、将来また新たな争いを引き起こす原因になることを危惧して、この混乱をここで明確に解決しておくことが、このような相続に関わった一国民としての義務であると判断し、一納税者の立場を超えた使命感・義務感よりしてし本件上告に及んだ次第である。上告人は、相続税法を基にし、被上告人の相続税法の解釈であると解される諸通達を尊重してこれまでの主張を尽くしてきたものであり、上告人の見解が統一的見解になるべきものと確信している。

御庁におかれては、これらの点をも充分に斟酌されて、慎重なる審理をお願い致すものである。

二、上告人は以下、原判決(乃至は原判決の引用する第一審判決)の判示する建物附属設備、保証金、借家権、生命保険金請求権、支払保険料、未納法人税額等、社葬費用、死亡退職金、過少申告加算税の各項目の順に従い、違法等の事由につき詳述し、上告の理由を述べる。

(一) 建物附属設備

1 原判決は、本件建物附属設備が賃貸建物に附号したことを前提事実として認めつつ、富士製作所が設備した建物附属設備は賃借の権原に基づき附合させたものであるから、民法第二四二条但書により、建物の賃借人により附合された建物附属設備の所有権は賃貸人に移転しないという。

民法第二四二条但書は、権原により附合されたものであっても、不動産と一体となり、分離、撤去することが不可能な場合にはそもそも適用されないとするのが判例・通説である。本件建物附属設備は建物と不可分、一体のものであり、だからこそ、被上告人は、第一審の弁論終結当日にも建物造作買取請求権の放棄が無効である旨を主張するのみで、分離撤去が可能であるなどとの主張をしなかったものである。他方、上告人は、一貫して、本件建物附属設備が賃貸建物に附合しており、不可分一体のものである旨の主張を行ってきた。

以上よりして明らかなように、原審においても又第一審においても共に、本件建物付属設備が如何なる内容、程度のものであるかについては一切主張も立証もなされていない。僅かに、原審において、被上告人が、附合は認めるも権原により付属させられたものであるとの主張をしたにすぎない。従って、原判決の「本件建物付属設備は、その内容よりして、取外しが出来るものであり、建物と一体のものでない。」との事実認定は、なんらの主張にも何らの証拠にも基づかずに原審により認定されたというべきである。

かかる原判決の事実認定は、民事訴訟法第一八五条によっても許されるものではなく、違法であり、証拠に基づかない事実の認定は理由に不備があるというべきである。

2 原判決は、評価基本通達九二(1)を、「建物の構造上一体となっいても、権原に基づき付加された建物付属設備が財産性をもつ場合に、これを建物と別に評価することを許さない趣旨ではない。」と論ずる。しかし、課税実務上、建物の相続税評価に援用される固定資産税の評価は、権原に基づき付加されたか否にかかわらず建物と構造上一体となっている建物付属設備を加えてなされており、かかる点からすれば、この固定資産税の評価を援用する方法をとる相続税評価では賃貸人の相続に関しては構造上一体となっている建物付属設備が賃貸人のものとして評価されると共に、原判決が認定するところに従えば、賃借人の相続税評価においても建物付属設備をその相続財産に加えて相続税の評価を行うことになるもので、同一建物付属設備を異なる二つの相続において共に課税するという意味において、正に二重課税を容認するものである。

原判決は、「そう解することが相続税の資産評価に当たり直ちに不当ということはできない。」と判示するが、実務の運営、即ち被上告人により日常なされている固定資産税の評価を援用する建物の相続税評価からすれば、二重課税という極めて由々しき事態を招くもので、正に不当そのものである。

従って、原判決の採る解釈は、相続税の二重課税を容認するものであり、違法と言わざるえ得ない。

3 原判決は、建物附属設備が相続税法上の財産に当たるとして、その相続税評価額を金一〇四三万八九一二円、帳簿価額を金一一八二万八二〇〇円と認定する。

しかしながら、本件の建物附属設備は、本件相続においては、相続税法上の財産としては存在せず、従って帳簿価額の記載を要しないものであるから、その帳簿価額を記載を命じる原判決は違法である。

(二) 保証金

1 原判決は、保証金のうち、相続開始時に返還することが確定していない金四〇〇万円の保証金を相続税の評価の対象としているが、これは相続税法第二二条に違反するものである。

(1) 相続税法上の「財産」とは、相続税法に直接の定義規定がないことから、その解釈に委ねられることになり、国の解釈は、相続税法基本通達及び同財産評価基本通達において明らかにされることになる。そして相続税法基本通達一一の-1によれば、「財産」とは「金銭に見積もることができる経済的価値のある全てのもの」と規定されており、「財産」であるためには少なくとも「金銭に見積もることができる経済的価値のあるもの」でなければならないものである。

上告人はその「金銭に見積もることができる経済的価値のあるもの」であるためには取引可能性(譲渡可能性乃至換金可能性)が必要であることを主張したが、課税当局者である被上告人はそれを不要とし、単に金額に見積もることのできる経済価値が認められれば足ると主張した。

(2) 原判決の引用する第一新判決は、判決理由二1(二)において、「相続税基本通達一一の二-一には、相続税法に規定する『財産』とは、金銭に見積もることができる経済的価値のあるすべてのものをいうと定められており、ここでいう『財産』とは、独立して財産を構成し、取引の対象となるものと解するのが相当である。」(第一審判決一五頁一二行~一六頁四行)として、相続税の評価の対象となる「財産」は「取引の対象」となりうるものでなければならない旨を判示した。これは、「財産性が認められるには、単に金額に見積もることのできる経済価値だけでは足らず取引の対象となりうること即ち取引可能性(換金可能性、譲渡可能性)が必要であるとするもので、上告人の主張と同旨である。

(3) しかし第一審判決はそれに続く判決理由二2(二)において、「金銭に見積もることができる経済的価値を有するものであることを要するというのは、相続税評価の対象の問題であって、このことから直ちに相続税評価の決し方が導き出されるわけではない。」(判決二一頁六行~九行)との不可解な理由を述べて、相続開始時に返還することが確定していない金額四〇〇万円の保証金を、その財産性を検証することなく、当然に相続税評価すべしとの不当な結論を導いているのである。右論旨の理論的帰着は「相続開始時に返還することが確定していない金四〇〇万円の保証金」は「独立して財産を構成し、取引の対象となるもの」には当たらないから、財産性が無いにならなければならない。

相続税において評価の対象たりうるためには「財産」でなければならず、その財産性の認められた物を如何なる価額で評価するかが相続税評価の問題である。対象とならないものの評価などない。第一審判決は、相続財産としての対象となりうるかの問題を評価の問題に論理をすえ替えているもので、かかる判決理由には明らかに齟齬があるというべきである。

未だ債権として存在しない「相続開始時に返還することが確定していない金四〇〇万円の保証金」が相続税評価基本通達二〇四にいう貸付金債権等に含まれ、同通達によりこれを評価すべきとの原判決当該判示部分は、財産でないものを評価するものであるから、明らかに相続税法第二二条に 違反している。

2 返還することが確定しない金四〇〇万円の保証金は、相続税法第一三条第一項第一号及び同法第一四条第一項よりして、「財産」ではないから、そもそもその帳簿価額が問題となることはない。

原判決の「出資の評価において、帳簿価額は、資産の相続税評価価額から控除すべき評価差額に対する未納法人税額等を算出するために計上されるのであるから、その価額は、直前期末の決算に帳簿価額として現に計上されている金額を計上すべきである。」(第一審判決二四頁三行~七行)との部分は、直前期末の決算に帳簿価額のある資産が相続税法上の「財産」であるかぎりにおいては正しい。

しかし、直前期末の資産に財産性のない資産が含まれる場合には、当然のことながら、それは相続税評価の対象にならないから、当該財産性のない資産については帳簿価額の記載をしてはならないのである(乙第四号証の第4表1(2)注3によるが、これは、財産でないものにはそもそも評価差額など有り得ないから当然の理を定めているに過ぎない。)。

よって、相続開始時において返還を要しない金四〇〇万円の保証金は「財産」でなく評価の対象とならないから、帳簿価額として記載することは許されず、金四〇〇万円を帳簿価額として記載すべきとの原判決は誤っており、違法である。

(三) 借家権

1 原判決は、返還されないことが確定している保証金の内の金三二四万円は借家権の取得の対価であり、それは財産性を有するとする。しかしながら、返還されないことが確定している金三二四万円をもって、これを借家権としなければならない理由はなく、仮にこれを借家権と称するとしても、それには財産性はなく、相続税の評価の対象とすることは許されない。

原判決は、相続税法第二二条に違反するものである。

2 原判決の引用する第一審判決は、返還されないことが確定している金三二四万円が、借家権と評価され、財産評価の対象となることの理由として、次の四つを上げる。

〈1〉 債務の担保となっていないこと。

〈2〉 賃借権設定の対価とみるべきであって、権利金たる性格を有すること。

〈3〉 一般的社会においては、借家権の譲渡が行われたり、借家権の取得が権利金を支払って行われている実態があること。

〈4〉 権利金は、法人税法上繰延資産とされているが、商法上の繰延資産のうよに資産性の乏しいものではなく、むしろ固定資産に準じるものであって、財産性を有すること。

更に原判決は、第一審判決に付加して「土地及び建物の賃借権は、特段の約定がない限り民法上の賃借人において自由に譲渡できないにもかかわらず、社会経済的には財産として扱われている。」(原判決二一丁裏一~三行)ことを挙げ、それを相続税上の評価の対象ととなる財産であることの理由に追加する。

右理由〈1〉及び〈2〉に関しては、本件建物賃借契約書中、金三二四万円を含む保証金の全額が担保の対象とされていたこの金三二四万円を担保から外す旨の条項はなく、金三二四万円が権利金である旨の文言もない。又、評価会社の会計処理もその全額を保証金としてなされている。従ってこれをもって賃借権設定の対価とみなさなければならない理由はどこにもない。

理由〈3〉に記したように、原判決は、「一般的社会においては、借家権の譲渡が行なわれたり、借家権の取得が権利金を支払って行なわれている実態がある。」とするが、それは正に当事者の意思により譲渡することが許されるからであり、借家権については当事者間に特約がない限り譲渡がなされることはない実態を故意に無視するものである。かかる譲渡されない実態があるからこそ、借家権については、相続税法上は、原判決も認めるように、借家権と異なり、一般的に取引慣行がないとして扱われているのである。原判決は、借家権と借地権とを何ら区別することなく、特段の約定がない限り民法上は賃借人において自由に譲渡できないことを強調して、それでも社会経済上は財産として扱われているから、譲渡禁止の本件借家権にも財産性があると結論付けるのであるが、しかし、借家権と借地権とは特別法による扱いが明らかに異なり、これを何ら区別することなく論ずる原判決の論旨には到底承服できるものではない。即ち、借地権(但し、建物所有の目的のもの)は、課税当時に施行されていた旧借地法第九条の二によれば、賃貸人の意思に反する場合においても譲渡を保証しており、その結果借地権は、当事者の意思に反してでも譲渡が可能であり、一般的に借地権が取引の対象たりえたが、他方、借家権は民法上の原則が譲渡禁止であり、当事者の意思により譲渡される余地が残っていて実際にも借家権が譲渡されることもあるにはあったが、譲渡を認める特約がない限り、一般的な借家権の取引の可能性はなかったものである。この両者の特別法上取扱の差異に言及することなく、単に民法上の原則だけを殊更強調する原判決は、先ず結論ありきの態度によるもので、不当極まりない。

原判決が言うように民法上も原則的に禁止され、かつ本件建物賃貸借契約においても賃借権譲渡禁止の特約が存する本件借家権は譲渡の可能性は絶無であり、従って本件借家権が相続税の評価における財産性を持つことはない。

更に、原判決は法人税法上の借家権の資産性について言及するが、法人税法上の資産性をいくら論じてみても、又は強調してみても、相続税法上の財産に変質するわけではなく、所詮法人税法上の財産とは異質のものである(尚、これについては、第一審において被上告人に用語の混同があり、上告人の指摘に対し、被上告人も第八準備書面第二、四においてそれを認めた。)から、何ら有益ではない。被上告人が主張し、原判決が認容するところ、財産性の欠如を糊塗せんがための問題のすり替えに外ならない。

原判決は、「相続税法上の『財産』とは、独立して財産を構成し、取扱の対象となるものと解するのが相当である。」と明言するが、譲渡を禁止された本件建物賃借権、しかも原判決自身が取引慣行のない地域にあることを認める(第一審判決二七頁一一行~二八頁一行)本件建物賃借権には、法律的には、又当事者の合意からしても譲渡の可能性は絶無であり、かかる本件建物借家権に相続税法上の財産性は認められない。従ってこれを認めた原判決は相続税法第二二条に違反するものである。

3 本件建物借家権が相続税法上の財産でない以上、その帳簿価額の記載は要しないもので、原判決のこの点においても違法である。

(四) 生命保険金請求権

1 原判決は、その一三丁表一〇行目以降において、第一審判決に付加して、生命保険金請求権に関する上告人の主張の要約において、「また、生命保険金請求権を資産に計上するとすれば、二重課税排除のために、これに対する未納法人税等相当額を負債に計上すべきである。そうしないと、法人税等相当額について二重課税されることになる。」と判示するが、上告人が主張したのはそのような内容ではなく、全く的外れである。生命保険金請求権を資産に計上するとすれば、未納法人税等相当額を控除しなければならないことは上告人と被上告人との間においても争いのないところであり、その理由は相続税法第二二条の時価主義によるものである。二重課税排除のために未納法人税等相当額を負債に計上すべきであるなどとは、上告人は勿論被上告人も一切主張していない。

上告人が主張しているのは、相続税の二重課税を排除するために負債に計上することが特別に認められる死亡退職金との関係において、未納法人税等相当額の計算に死亡退職金を負債計上すれば、相続税の二重課税が排除されない結果となることである。原判決の理由(二五丁表六行~裏三行)からして、原判決が二重課税の問題をどのようなものとして捉えてるのか皆目わからないが、ただ、上告人の主張を正しく理解していないことだけは確かであり、かかる重大なミスは絶対に許されるものではない。

この点に関しては、(六)未納法人税額等の計算の項において詳述することとするが、この上告人の主張の要約を誤ることは、即ち、当該主張部分に関しての上告人の主張に対する判断、しかも極めて重要な点に関する判断を遺漏するものであるから、判決の理由にも不備があるというべきで、これだけからしても、原判決は取り消されなければならない。

2 原判決は、直前期末の資産及び負債に基づく財産評価方法につき、「直前期末法は、課税時期において仮決算をすることは困難な場合が多く、他方、直前期末から課税時期までの間に資産及び負債について著しい増減がないときには右の両時点における資産及び負債の金額に近似性が認められることから、直前期末における資産及び負債の金額を課税時期における資産及び負債の金額とみなして行なう便宜的方法であり、この評価方法を採った場合にも、評価の対象は、あくまで、課税時期における資産及び負債と解すべきであって、これが直前期末の資産及び負債に限定されるものとする理由はない。」(第一審判決三一頁一二行~三二頁一〇行)とする。

確かに、相続税は課税時期における資産及び負債に基づき純資産価額が算定され、、課税されるのであるから、直前期末法を採った場合においても、この課税時期が直前期末に変わるものではない。しかし、評価会社の資産及び負債は、決算手続によらなければその内容も又帳簿価額も確定することはできないから、相続税の計算において、仮決算をすることが困難である以上、他に方法がなく、直前期末の資産及び負債をもって、課税時期における資産及び負債とみなさざるをえないのである。上告人はその故に便宜的方法でなく、代替的方法であると主張するのであるが、原判決は、「直前期末の資産及び負債の金額と課税時期における資産及び負債の金額に近似性が認められるのは、会社の通常の営業活動を前提としてのことであるから、被相続人の死亡に伴い評価会社に発生する生命保険金のように会社の通常の営業活動とは別個の原因から生じ、かつ、仮決算を行なわなくとも容易に計上することができる資産があるときには、それが直前期末までに成立している生命保険契約によるものか否かにかかわらず、直前期末の資産とは別に、その生命保険金請求権を資産に計上するのが相当というべきである。」(第一審判決三二頁一一行~三三頁八行)として、会社の通常の営業活動とは別個の原因から生じたものであること及び仮決算を行なわなくとも容易に計上することができることの二つの理由に付して、生命保険金請求権を資産計上すべきと判示する。

しかし、「直前期末後に被相続人の死亡に伴い評価会社に発生する資産及び負債」の一つであると原判決が判示する生命保険金請求権も、後述するように決算手続を経ないでその総合的な資産増加の額を確定することは困難であり、又、他の資産・負債の増減は無視してこれだけを特別に計上しなければならない合理的理由もないから、これを資産に計上すべきでない。

原判決は、支払保険料に関する判示部分において、生命保険契約につき「富士製作所が安田生命と締結したような、役員又は使用人を被保険者とし、死亡保険金の受取人を当該法人とする定期保険は、当該役員又は従業員の死亡により生ずる当該会社の営業収益上の打撃を填補することを目的として締結されるものであるから、その支払保険料は事業年度の営業収益全体に対応する費用ないし損金とされるべきであり、保険金取得のための個別的な必要経費として負債に計上すべきでない。」(第一審判決三四頁三行~一〇行)としているが、これによれば、当該役員又は従業員の死亡により生ずる当該会社の営業収益上の打撃を填補することを目的として締結された生命保険契約に基づき取得した生命保険金請求権は営業活動とは別個のものとされ、他方、当該役員又は従業員の死亡により生ずる当該会社の営業収益上の打撃を補填することを目的として締結された生命保険契約に基づき支払われた支払保険料は、営業活動の費用であるとされることになる。かかる使い分けが許されていいはずがない。

原判決が右により認定するように、生命保険契約締結の目的は当該役員又は従業員の死亡により生ずる当該会社の営業収益上の打撃を填補することにある(尚養老保険の目的も同様と解される。)のであるから、生命保険金請求権は営業収益を填補するものであって、決して営業収益と無縁のものではありえず、その額も営業収益上の打撃を填補するものである以上収益と共に総合的に判断しなければどれだけの額が増加したのか確定しえないというべきである。

なお、原判決は、「生命保険金請求権の取得及び支払保険料の額は仮決算を行なわなくとも明らかである。」(原判決二二丁裏九~一一行)と判示するが、これにより、それまでの「金額を確定できるか否か」の議論の企業会計上の意味を原審裁判所は全く理解していないことが露呈した。原判決が支払保険料を負債に計上できないとする理由は、それは営業収益全体に対応する費用ないし損金であるから、保険料の支払によっても当該部分の資産の減少があったかどうかがそれだけでは確定できないというにある。しかるに、これと明らかに矛盾する「金額を容易に確定しうる。」との判断を示しているのである。論旨が矛盾することに原判決は全く気付いていないのであろうが、これが意図的なら悪質である。

又、原判決のいうように「評価会社の支払った保険料は事業年度の営業収益全体に対応する費用ないし損金とされるべきものであり、保険金請求権取得のための個別的な必要経費として負債に計上すべきでない。」ならば、保険料支払が生命保険金請求権取得の起因となったことは事実であるから、右からしても、取得した保険金請求権も営業収益全体として把握されなければならないというべきであり、生命保険金請求権の取得とその起因たる保険料の支払いにつき異なる扱いをする原判決の論旨は一貫しない。

以上よりして、生命保険金請求権に計上することは許されず、原判決には違法がある。

3 原判決は、乙第四号証の第四表1(4)注2の通達につき、上告人の主張に触れている(判決三〇頁八行~三一頁一一行)ものの、これに対する判断を示していない。右第四表1(4)注2は、生命保険金請求権の相続税評価額及び帳簿価額の記載につき規定するものであるが、第四表1(4)自体は、直前期末法について定めている。したがって、文理よりして、この注2の規定は直前期末法をとる場合の注記であると解さざるをえないものである。そして、第四表1(4)に規定される直前期末法とは「課税時期における各資産及び負債の金額は、直前期末現在の資産及び負債を対象として計算しても差し支えない。」というものであるから、少なくとも、直前期末にない三井生命の養老保険は評価の対象たりえない。にもかかわらず、原判決は、直前期末後に締結された生命保険契約による生命保険金請求権であってもこれを資産に計上すべきことを説示するのであるから、この第四表1(4)注2の規定はいかなる意味をもつか明確に示すべきであり、それを怠った原判決には判断遺漏、理由不備の違法があるといわざるをえない。

(五) 支払保険料

1 原判決は、定期保険に係る支払保険料も、養老保険に係る支払保険料も、共に負債に計上すべきでないとする。しかし原判決が、本来計上の許されない生命保険金請求権を資産に計上すべきと判示するのであるならば、その起因ともいうべき支払保険料(直前期末後の支払保険料の額は、安田生命の定期保険料が金一万〇〇八〇円、三井生命の養老保険料が金一一六万六〇〇〇円、合計一一七万六〇八〇円である。)の負債計上を許さないのは違法である。

原判決は、前述したように、安田生命の定期保険の保険料につき、「その支払保険料は事業年度の営業収益全体に対応する費用ないし損金とされるべきものであり、保険金取得のための個別的な必要経費として負債に計上すべきでない。」とする。

そのように営業収益全体に対応する費用ないし損金とされるのは、取りも直さず生命保険金請求権が営業収益の填補たる性質を有するからである。これによれば、営業収益の補填たる性質を有する生命保険金請求権は、仮決算をしないかぎり、全体としての額が確定せず、資産に計上してはならないのであり、又当然のことながら、支払保険料の負債計上も許されないのである。

上告人は、生命保険金請求権も資産に計上すべきでなく、同様に支払保険料も負債に計上すべきでないと主張してきたが、併せて、本来計上の許されない生命保険金請求権を資産に計上するのであれば、その起因ともいうべき支払保険料の負債計上を許さないのは片手落ちであり、違法であるとも主張してきたものである。

逆にいえば、支払保険料の負債計上を論理的に説明することは不可能なのであり、そして、それは生命保険金請求権だけを取り上げて、決算手続を経ずに資産に計上することの論理的説明がつかないのと同じである。

3 養老保険につき原判決が判示するところは、正に詭弁に他ならない。原判決は「養老保険契約については、その支払保険料は保険事故の発生又は失効により当該保険契約が終了する時までは、保険積立金として資産に計上されることになるが、被保険者が死亡し、当該法人が生命保険金請求権を取得したときには、保険積立金は返戻されないことになるから、生命保険請求権を資産として計上し、資産の二重計上を避けるこめに右保険積立金の額を負債として計上することとなるところ、前記のとおり、三井生命の養老保険は、直前期末後に締結されたものであって、直前期末において保険積立金は資産として計上されおらず、資産の二重計上という問題は生じないから、その支払保険料も、改めて負債に計上する会計処理をする必要はないことになる。」(第一審判決三四頁一二行~三五頁一一行)とし、養老保険の支払保険料の負債計上を認めない。

評価会社において、保険積立金として計上されることにより全体からして資産の減少がなかったと評価される点はともかくとして、保険料が支払われた場合に支払保険料分の資産が実際に社外に流出したことは争いのない事実である。支払保険料の扱いにつき、被上告人は、定期保険の支払保険料(掛け捨て)については「法人税法上、各決算期の損金として取り扱われるべきもので、既に決算期において損金として取り扱われているから、個別に負債計上すべきものでなく、直前期末後の定期保険の支払保険料については、事業年度の営業収益全体に対応する費用・損金であるから、これだけを取り上げるのは許されない。」と主張し、原判決もそれを認めるものである。

それならば、法人税法上、費用・損金として取り扱われない養老保険の支払保険料はどうなるのかと上告人が質したのに対し、被上告人が苦し紛れに主張したのが、右の保険積立金の負債計上なる説明であり、これを原判決はそのまま認容した。

直前期末迄に養老保険の保険料を支払っていたら、直前期末の決算上、その支払保険料は保険積立金として、資産に計上され、養老保険料が実際に支払われたにもかかわらず、評価会社に資産の減少はなかったとして扱われる。その後に保険事故が発生し、会社が生命保険請求権を取得した場合、それと共に保険積立金の返戻に係る請求権をも取得するものではないから、その保険積立金を取り崩し資産でなくするのである。その結果、保険金を支払って社外に当該保険料分の資産が流出したときの資産状態が現実のものとなるのである。生命保険金請求権取得の起因となった保険料の支払による資産減少の事実がこの保険積立金の取崩しにより顕在化するのであるが、外見上は恰も保険積立金の取崩しが会社の資産減少の事態と生命保険金請求権取得の事実を惹起させたかの如く窺われるのである。被上告人はこれを巧みに利用し、保険積立金という資産があるから生命保険金請求権の取得による二重課税を防ぐために負債に算入すると説明し、直前期末後に支払われた本件の養老保険の支払保険料には保険積立金はないから負債に計上する必要はないと主張したのである。これは詭弁以外の何物でもない。

定期保険の支払保険料のように支払時に費用・損金処理されてかった養老保険の支払保険料は、原判決のいう営業全体の費用・損金として処理されることはなく、保険事故の発生により初めて負債処理されるものである。従って、養老保険にかかる生命保険請求権については、保険料の支払が起因となって取得するものというべきであり、保険積立金の取崩しが起因であるはずがない。養老保険の支払保険料と取得した生命保険金請求権とは正に対価的関係にあり、それからして、当然負債に計上すべきとの結論になるのである。

又、原判決の「直前期末後に被相続人の死亡に伴い評価会社に発生する資産及び負債」は計上すべきとの理屈からしても、当然この保険積立金は、被相続人の死亡に伴い発生するものであるから、これを負債に計上しなければならないはずである。

右旨は、直前期末後に養老保険の保険料を支払った場合にも当てはまるところである。

直前期末後に、養老保険の保険料金一一六万六〇〇〇円を支払ったのは紛れもない事実であるが、評価会社においては、支払保険料が保険積立金として処理されるから支払時に直ちに資産が減少はしないものの、保険事故発生により、保険積立金の取崩しの処理がなれさるから、その段階で、直前期末の資産が当該支払保険料分だけ減少したことが確定するのである。この支払保険料がなければ生命保険金請求権を取得できてかった関係にあるから、生命保険金請求権を資産に計上する以上、これの負債計上を認めるのは当然の理であり、これを許さないのは違法といわざるを得ない。

(六) 未納法人税等の計算

1 原判決は、「原告らは、生命保険金請求権を資産に計上するとすれば、これに対する未納法人税等相当額を負債に計上すべきであると主張しており、この点は、原告らの主張するとおりである。」(第一審判決三五頁一二行~三六頁二行)と判示して、未納法人税相当額を負債に計上すべきことを認める。上告人は、相続税法第二二条の時価主義により未納法人税等相当額を控除すべきことを主張したのであるから、特にこれを排除しない原判決は、その理由についても上告人の主張を認容したものである。

しかしながら、生命保険金請求権を資産に計上することによる控除すべき未納法人税等相当額の計算において、原判決は、死亡退職金を負債に計上すべきとしており、これは明らかに相続税法第二二条の時価主義に違反するものであり、更には相続税の二重課税という重大な違法を犯すものである。

2 原判決は、未納法人税等相当額の計算において死亡退職金を控除すべき理由として、「出資の評価における純資産額の計算において、死亡退職金手当金も、負債として計上されることになるのであるが、右生命保険金請求権の法人税等相当額の計算においては、その課税時期に支給が予定されている死亡退職金の金額を控除しなければ評価法人が現実に負担する法人税額等と著しく乖離した金額が未納法人税等として計上されることになる。」(第一審判決三六頁三行~九行)ことをあげるが、なるほど、死亡退職金が本来の負債であり、かつ課税時期の属する決算期に死亡退職金の支給が確定したことを前提とする限り右は正しい。しかし、その前提を欠けば、全く不当であると言わざるを得ない。

(1) 原判決の「出資の評価における純資産価額の計算において、死亡退職金手当金も、負債として計上される。」との部分(第一審判決三六頁三行~五行)は、全く誤っている。純資産額の計算は課税時期の財産の時価と課税時期に存した確実な債務(相続税法第一三条第一項第一号、同法第一四条第一項)に基づきなされるが、死亡退職手当金は、本来の負債ではないにもかかわらず、死亡退職手当金には相続税法第三条第一項第二号により相続財産と見做されて相続税が課せられることから、その死亡退職手当金に相当する額が評価会社の資産としても出資、株式の評価に反映されることによる二重課税を排除すべく、純資産価額を同額だけ減ずる目的で、手続上負債に計上することが認められているにすぎない。従って、負債計上という形式がとられていても、純資産額を算出する上における負債ではない。仮に、負債として規定されている通達を根拠に、他の負債と同様に純資産価額の計算においても負債として取り扱うべきことを主張するものであるならば、その根拠とされる通達そのものが違法というべきである。

原判決も「死亡退職金も、課税時期に確定している債務ではないから、本来は、出資評価の前提となる評価会社の純資産価額を算定するについての負債とはならない。」(第一審判決三九頁四行~六行)として、死亡退職金が純資産価額を算出する上における負債ではないことを認めている。

右よりして明らかなように原判決の前掲部分は明確に誤っているものであるが、この二つの判示部分からして理由に齟齬があることも、又明白である。

死亡退職金の負債計上は、純資産価額の計算、即ち相続税法第二二条とは全く無縁のものである。

(2) 次に、原判決のいう「課税時期に支給が予定されている死亡退職金」などありえない。退職金の支給には株主総会(社員総会)の決議が必要であり、そしてその決議により初めて退職金の支給が確定するのである(尚、生前に退職金の支給が確定していた場合は、固有の相続財産となり、本項にて想定外のことである。)から、課税時期に支給が予定されることなど絶無である。原判決の理由は明らかに誤っている。

(3) 更に、相続税法上の財産の評価は、相続税法第二二条よりして、課税時期における時価によるもので、その後の事情を斟酌することは許されないところ、原判決が、課税時期より後において現実に負担する法人税額等との乖離(尚、本件評価会社においては、その事実もない。)に言及するのは不当である。明らかに相続税法第二二条の時価主義に違反するものである。

しかも、死亡退職金の金額を控除して法人税等の額を計算すれば実際に評価法人が負担する法人税額等と乖離しないとの判断部分も間違っている。相続税法上は三年以内に死亡退職金の支給が確定すればよい(相続税法第三条第一項第二号)し、課税時期と決算期との時間的関係からすれば、株主総会の決議が翌期にずれ込まざるを得ないこともあり、課税時期の属する決算期に死亡退職金の支給が必ずしも確定するとは限らない。これについては、原審及び第一審において、上告人が繰り返し、しかも実際の例を上げて詳述してきた。相続税法上三年以内に支給が確定すれば相続財産と見做されて相続税が課せられる死亡退職金につき、それが相続開始の時と同一決算期中に支給が確定することはその確立が高いとしても、いわば偶然的なものであり、その偶然の事象により相続税の評価が左右されることは、恣意的な課税の余地を残すものであり、相続税法第二二条の時価主義からしても許されないものである。

(4) 加えて、原判決は、第一審判決理由に付加して「もとより死亡退職金の支給の確定が遅れ、会社の出資の評価に間に合わないときにこれを債務の計上することができないことは明らかであるが、本件のように死亡退職金の支給が速やかに確定した場合においてこれを債務に計上することが相続税法第二二条に違反するとはいえない。」(原判決二四丁裏五~一〇行)と判示するが、「死亡退職金の支給の確定が遅れ、会社の出資の評価に間に合わないとき」とは、如何なる場合をいうのか不明瞭である。そして仮に、相続税の申告期間が六ヶ月であるからして、これが六ヶ月以内に死亡退職金の支給が確定しなかった場合を指すのであるならば、六ヶ月の期間をもって、負債に計上すべきか否かを決する合理的な理由はない。

そもそも、前述したように相続税法第二二条の時価主義からして、相続開始時の相続財産の評価はその時点に存するものを対象に客観的に確定されなければならず、その後の会社の営業成績や、退職金支給手続の時期如何によって、この評価を変えることが許されてはならないものであるが、かかる曖昧な基準により、未納法人税等相当額の計算に死亡退職金の負債計上をすべきか否かを定めること自体、原判決の論旨は既に破綻しているというべきである。

3 特に重大なのは、上告人の主張してきた相続税の二重課税となる旨の主張を悉く無視したことである。これについては既に、(四)生命保険金請求権の項で、主張の要約の誤りとして既に主張したところでもある。

上告人は、「法人税等相当額の計算において死亡退職金を負債に計上することは、相続税の二重課税を回避すべく死亡退職金を負債に計上したことの目的を達しえず、従って相続税の二重課税となり、違法である。」ことを詳細に主張してきたが、原判決はこれを悉く無視した。未払法人税相当額の計算に死亡退職金を負債計上すれば相続税の二重課税を回避しえない結果となることについては被上告人も認めており、(被上告人第一〇準備書面二4後段)、原審裁判所が故意に判断を遺漏したとしか考えられない。

この法人税等相当額の計算において死亡退職金を負債に計上することについては最高裁判所判決(最高裁判所昭和六一年七月三日第一小法廷判決)があり、被上告人もそれを引用する(被上告人第九準備書面第二の一、4)しかし、右引用にかかる最高裁判所判決においては右の死亡退職金を負債に計上して未納法人税等相当額の計算をすることが相続税の二重課税になるとの主張はなされていず、従って、これに関する判断を示すものでないから、本件の先例となるものではない。更に、死亡退職金を負債に計上すべき理由が、相続税法第二二条の時価主義によるものでなく、相続税の二重課税を回避するための特別のものであることを見過ごす点において、死亡退職金を法人税等相当額の計算において負債に計上すべきとする右最高裁判所判決は、時価主義を定める相続税法第二二条に違反する不当なものというべきである。

上告人は、右の主張をして原審裁判所の判断を求めたのであるが、既に述べたように上告人の主張は正しく捉えられず、当然の帰着としてそれに対する判断も一切なれさなかった。その意図的ともいうべき判断の遺漏の責任は極めて重大であり、原判決には重大かつ明白な判断遺漏、理由不備の違法があるものである。

(七) 社葬費用

1 原判決は、「社葬費用は、被相続人の死亡後に発生する負債であって、相続開始時すなわち被相続人死亡時に存在する負債ではないが、相続税法一三条一項二号が、個人が営む葬式費用を相続財産の課税価額の計算上負債として控除することとしていることとの均衡上、評価会社の資産評価の際にもこれを考慮するのが合理的である。」(第一審判決三七頁一〇行~三八頁三行)として、負債に計上することを認容しつつ、社葬費用が本来の負債でないことを認める。

相続税法第一三条第一項第一号は、相続税における負債の要件として「相続開始時に現に存するもの」を規定しており、それからして、相続開始時に現存しないものは本来の負債でなく、相続財産の評価とは無縁のものである。社葬費用が本来の負債でないことを認める原判決の判示部分は全く正当である。

しかしながら原判決は他方で、「そして、直前期末法による場合にも、社葬費用は、比較的高額なものとなることが多く、これを負債として計上することが、相続開始時の評価会社の資産を適正に評価する上で合理的であり、しかも、社葬費用は評価会社の役員又は従業員の死亡という通常の営業活動とは別個の原因から生ずる負債であり、仮決算を行なわなくとも容易に計上することができるものであるから、4(二)において、生命保険金請求権について判示したと同じく、これを負債として計上するのが相当というべきである。」(第一審判決三八頁四~一二行)と判示しているのである。

相続開始時に存在せず、本来の負債でないことを認めながら、その社葬費用を負債に計上することが相続開始時の評価会社の資産を適正に評価(即ち、時価評価)する上で合理的であるとする原判決の論旨は支離滅裂であり、明らかに理由に齟齬がある。

2 又、金額が高額だから計上することは恣意的運用を容認するもので、違法である。

更に 原判決は、社葬費用を「直前期末後に被相続人の死亡に伴い評価会社に発生する資産及び負債」の一つとして捉える以上、生命保険金請求権を資産計上する理由との整合性を考えてか、社葬費用に関しても通常の営業活動とは別個の原因から生ずること及び仮決算を行なわなくとも容易に計上することを時価主義に適うとの理由に付加して判示する。

その時価主義に適うとの理由自体が誤っていて相続税法第二二条に反するものであることは前述したとおりであるが、社葬費用が本来の負債でない以上、後に述べる理由以外に負債計上の理由はあり得ない。それなのに無理に生命保険金請求権の資産計画理由との整合性を保つべく理由を附すること自体、逆に保険金請求権を資産に計上することに問題があることを自陳するものである。

3 社葬費用の負債計上が許されるとすれば、それは原判決も説示し、かつ一般的にも説明されているように、個人が営む葬式費用の負債計上が相続税法により許されることとの均衡に尽き、態々「直前期末後に被相続人の死亡に伴い評価会社に発生する資産及び負債」なる概念を持ち出す必要はない。それは、「直前期末後に被相続人の死亡に伴い評価会社に発生する資産及び負債」に該当するも負債計上をすべきでないと被上告人自らが主張する弔慰金の存在からしても明らかである。

これに関し、原判決は第一審判決に付加して、相続税法に何らの規定のない社葬費用が個人の葬儀費用を負債として認める相続税法の明文の規定との権衡からして、負債計上が許されるのに対し、弔慰金に関しては、かかる規定がないことを理由に、弔慰金の負債計上は許されないと判示した(原判決二三丁裏八行~二四丁表八行)。右の社葬費用に関する原判決の結論は一般的に説かれるところである。しかし、原判決が、そのように判示するのであれば、その諭理的帰着として、この部分と明らかに矛盾する、社葬費用に関する第一審判決の「そして、直前期末法による場合にも、社葬費用は、比較的高額なものとなることが多くこれを負債として計上することが、相続開始時の評価会社の資産を適正に評価する上で合理的であり、しかも、社葬費用は評価会社の役員又は従業員の死亡という通常の営業活動とは別個の原因から生ずる負債であり、仮決算を行なわなくとも容易に計上することができるものであるから、4(二)において、生命保険金請求権について判示したと同じく、これを負債として計上するのが相当というべきである。」との部分を取り消すべきであった。しかるに原判決はこの部分をも引用しており、その結果判決理由は明らかに矛盾することになってしまった。原判決の理由には明白な齟齬があるというべきである。

尚、原判決の弔慰金を負債に計上できない理由として判示するところは、一般的に説かれるところとは明らかに異なる。死亡退職金は見做し相続財産として相続税が課税されるから負債に計上され、弔慰金には相続税が課せられないから負債計上が許されないに過ぎない。

4 生命保険金請求権及び死亡退職金(勿論弔慰金をも含めて)と共に、社葬費用を、「直前期末後に被相続人の死亡に伴い評価会社に発生する資産及び負債」であることを理由に資産・負債に計上することには、理論的理由は勿論のこと、何ら合理的理由もない。

(八) 死亡退職金

1 原判決は、課税時期に確定している債務でなく、従って本来の相続債務には含まれない死亡退職金を、相続税法により見做し相続財産として相続税が課税されることから、二重課税排除のために特別に負債に計上することが認められると判示する。固より、これは上告人の主張していたところであり、又、一般的な理解でもあり、右判示部分は正当である。

しかし、社葬費用と同様に、課税時期に確定していないから本来の債務には含まれないことを認めながら、何故にか、かかる死亡退職金を負債に計上することが、相続開始時の評価会社の資産を適正に評価する上で合理的であるとするのである。自己矛盾も甚だしく、判決の理由に齟齬があるものである。

死亡退職金は、相続税法第三条第一項第二号により、相続財産とみなされて課税されるから、二重課税を排除するために純資産価額を減ずる目的で負債計上が認められる。それだけのことである。「直前期末後に被相続人の死亡に伴い評価会社に発生する資産及び負債」にあたるから負債計上が許されるのでは断じてない。

(九) 過少申告加算税

原判決は、被上告人の処分には理由があり、過少申告加算税の賦課決定は正当であるとする。

しかし、これまでに述べたように、原判決の判断は誤っているもので取り消されなければならず、従って、過少申告加算税の賦課決定も理由がない。

更に、原判決も認めるように、課税当局者である被控訴人においてさえ、説を変更しなければならないほど、本件の各争点は重大な問題を含んでおり、納税者である上告人らが、申告に先立って判決と同様の結論を持つことは不可能であったというべきである。その困難さの故に、上告人は、これまでの相続税法や通達の解釈及び課税実務の運用を出来るだけ尊重しながら、かつ、本件各争点に関して統一的解釈や整合性を保持したうえで本件相続税の申告をしたいと思い、苦慮し、その結果、一見すれば不利益とも思われる社葬費用を負債に計上すべきでないとの結論に達し、敢えてそれに従って相続税の申告をした程である。

かかる状況は正に国税通則法第六五条第四項にいう「正当な理由」に該当するというべきである。

原判決は国税通則法第六五条第四項の「正当な理由」につきその解釈を誤っているものである。

以上

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